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樹はわかっていて咲いたのだ



解体工事は、目的の建築物に先駆けて、周辺の樹木に対して行使された。

金木犀、ピラカンサスも桜も、引き裂かれて激しくささくれてしまった樹幹の白肌をあらわして、1台のパワーショベルの周りに散乱している。



昨年の秋。ちょうど、このサイト制作にあたっていた期間に咲いた金木犀のことを、ここへ書き残した。一つの季節に幾度も開花した金木犀、その現象に対面して、心が高揚したことを。 


そして出来事は、”金木犀の落花に迷惑を被っている”と話す、ご婦人との遭遇もあって。


ー花が咲く。

誰にも肯定されると疑わないようなことにさえ、異なる側面が展開される。今ここで眺めている金木犀は、婦人宅の駐車場脇にある金木犀と同じ、”嬉しくないもの”として語られた。



年が明けて。いつものように緑の集まるエリアへ足を運ぶと、緑の中で不自然に事務的な白が目に留まる。「解体工事のお知らせ」と書かれた第1号様式(第6条関係)の書類は、1週間後から開始され約1年にわる工期を示している。


その近くには2021年2月の標識も在り、1年の風化は、認識し得なくなっていたことにも気づかせた。管理されているこの旧国有地が、さまざまな理由によって今の状態に留められていることも、再び、ぼんやりと理解する。


人意によって建築され生活が営まれ、その後封鎖されていた住宅・寮という識別名称の建築物は、呼吸を止めてそこに佇む。敷地の樹木は悠々自適として、巡りとともに命を育む。金木犀の群れは、フェンス越しに視覚認識できる範囲だけで5本ほどあって、それぞれが樹高4m前後を有する大木だった。



今、樹々の姿はなく、昼光色のあかりのように工業的な、白の仮囲いで覆われて、敷地は閉ざされてしまった。



それは即座にあらわれた


9月の半ば

そのはじめ

香りの使徒は

うす細くたなびく

煙のような様相で

腰窓の間隙

わずかを

縫うように

この鼻腔へと

忍び込んできた


一度目は通過

二日後に再び

”咲いたんだよ!”

香りは意識のフラグを立てる


大木か、

群れか、

どこかにー

金木犀

対面への期待、思いが募る。



午後、いつもの公園に隣接するエリアで、開花して満ち満ちている空間に遭遇することになる。開花はピーク、花々の密度が濃く、群れて、あたり一帯。9月15日のことだった。

 

その数日後、強風雨に叩き落とされても再び開花して。もう終わりかと思いきや、再び、開花した。9月半ばから10月終わりまでのひと月あまりの間、個として、全体として、香りも色も生命も、輪唱のように美しく響いていた。




胸の痛みや腹の底からの怒り。申し訳なさ、無力さ、矛盾。これまでに享受した、生命力や開花の喜びと反したさまざまな気持ちがわき起こったけれど。それらの感情も全て記憶として、重ねた時間、樹木、建物、雨、風、香り、その空間の中に入り込んでいく。存在していたものは、この内的なものへと身を翻し、奥へ奥へと繋がってゆく。




そこには居つづけない。ところを変える。そのときだ。

一つが終わり、多くがはじまる。

あの頃対面していた、雨や風や空気、植物、香り、音。自然とふたたび結びなおすために。








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